第三十九話 醒恥
ああ!、とんでもないことをしてしまった!!
霧に閉ざされた山奥の別荘、悲しげな表情を浮かべる父の顔を見て、外科医としての今の たかこ を誇る気持ちとは裏腹に、なにか、取り返しのつかない、大きな過ちをしてしまった胸騒ぎが急速に起こってまいりました。
臨床実習の学生の指導をしていたのは思い出せます。その先が、、、。ふとある学生の顔が頭に浮かんできました。クリッとした大きな目、可愛らしい顔立ちで たかこ に笑いかけて、、、
「さあ、先生、脚を広げて!」
「ば〜っ!!!」
両膝に入れられた学生の手が左右に大きく拡がり、たかこ の脚が左右に開らかれる瞬間が走馬灯のごとく頭の中に再現され、周囲の白い霧がただの白い眩しいほどの光に変わり、たかこ は急速に覚醒に向かいました。
なんか変な感覚です。裸で股間を広げて、しかも大陰唇を誰かに左右に開かれている。そんな感触が性器に感じます。首を左右に振って、恐る恐る下の方に目をやると、脚を広げた たかこ の性器の目の前に学生の顔、たかこ の大陰唇をパックリと左右に拡げて、とろけるような目つきで中を凝視しています。
何が起こっているのか解らない、自分が何をされているのか?、心も身体も凍りつく たかこ に「あ、目覚めたんだね、先生」って学生の声。
意識がある状態での 地獄の生き恥 が始まる瞬間でした。
第三十八話 夢中
深く白い霧が立ち込めた山々を見上げる たかこ がいます。背後に小川の水の音、まだ鳥の鳴き声すら聞こえない早朝の山林を たかこ ははっきり覚えています。そう!、ここは山梨県にある我が家の別荘であったところ、、、。しかもこの光景は高校二年の春、湧き立つ気持ちに思わず目を醒まして外に出た、あの時です。
都内の進学校、高校1年の年間で学年1位となった たかこ に「よくやったね、ご褒美に春休みは別荘へ行こう!」と、いささか興奮気味な父の声が今でも忘れません。元々は父の友人のものであった、裏富士にある山荘を譲り受けたと聞きましたが、家族で利用するのはこれが2回目でありました。前回来た時は雨天で、室内でトランプや花札をして過ごしましたが、今回は川釣りをしようと父が言っていて、それがなにより楽しみな たかこ でありました。
都内から安曇野には少し及ばない、甲斐の山奥に昨夜遅くに車で到着して、そのままぐっすり眠った たかこ、ふと目が覚めればまだ明け方5時前後でありました。パジャマのまま小屋の外に出て、山を見上げたその瞬間、背後に足音がして、「たかこ、どうした、早いね!」って父の声です。ああ、これもあの時のまま、大好きな父が立たづんでいます。「今日は川釣り、できるわね?」、たかこ が弾んだ声を発している、それを自分の中にあって自分を外から見つめている不思議な感覚がありました。
父が亡くなって、この山梨の別荘は他人に渡すこととなり、この時が最後の訪問でした。早朝の深い霧の中、たかこ と父が二人きりでいたあの時間が心の中に再現されて、、、。でも、今いる父はなにやら悲しそう。じっと たかこ を見つめて、涙をうかべているようにも見られます。「パパ!、どうしてそんな悲しい顔をするの?、たかこ、学年1位だよ!?」、と呼びかけても返答はありません。「パパ!、たかこ はパパが望むような外科医の道を歩んでいるよ!」、今度は今の たかこ の話です。
そう!、たかこ は、大学こそ地方に行くことになりましたが、関東圏に帰って来て、外科の教室に入局して症例を重ねています。順調に父が望んだ道を歩んでいる、そんな誇らしい気持ちでいました。上の先生達から認められ、それなりに手術をやらせてもらい、上達し、一目おかれつつ、控えめを貫いて、、、。理想的な女医を演じて来ました。その結果として、同級生達より早くに学生の指導を任されておりました。
そう!、学生の指導、つい最近も、、、。幾多の学生を相手にして来た たかこ、なにか大きな誤ちを犯してしまった、そんな感覚が記憶の中に蘇って来ました。
ああ!、とんでもないことをしてしまった!!
霧はどこまでも深く、でも早春の朝陽が力強く たかこ を照らし始めている、そんな中、父がもの悲しげな顔でいる、それが たかこ の心を捉えて離さずにいました。そして、大きな間違いを犯した、それがなんであったのか?、自問自答する たかこ でありました。