外科で起こったこと -10-
2019.02.25.22:08
第十話 快術
火曜日の手術の話です。
膵鉤部分枝膵管型 膵管内乳頭粘液腫瘍に対する、全胃幽門輪温存膵頭十二指腸切除術 PPPD-IIA-1は、9:00入室で9:40に開始しました。肝胆膵グループのオーベン(トップ)の執刀で たかこ が第一助手、たかこ の一つ下の医員が第二助手、学生が第三助手です。大きく受動した十二指腸を脈管を処理して切離し、次いで膵頭部と体部の移行部、上腸間膜静脈直上で膵離断、胆嚢を肝床から剥離して総肝管を切離したところで、空腸に操作を加えます。Tretz靭帯から約40cmの空腸を切離してサンダービートでシーリングしながら空腸に分布する脈管を処理して、Treitz靭帯はクーパーで切開して壊し、十二指腸水平脚を周囲から遊離したところで、空腸を十二指腸側に引き抜きます。上腸間膜動静脈より膵頭部に分枝を出す小脈管を丹念に処理して全胃幽門輪温存膵頭十二指腸切除が完了です。再建は膵空腸、胆管空腸、十二指腸空腸の順で、最後にBraun吻合を並施しました。胆管空腸吻合以降は、医者3年目にして、たかこ が執刀です。トータル3時間45分、出血量は200mlで輸血はなし、まずまずの結果でありました。
麻酔から覚めた患者を(ICUが満床なので)病棟の監察室に移動して、学生を連れて昼食を摂りました。学生は興奮しています。「今日の手術、すごかったです!。あんなにテキパキと息が合って、すごいスピードで手術が進んで、、、。浅○先生!、半分は先生が執刀じゃあないですか!?、すごいです!」。本当は たかこ もすごく嬉しいのですが、学生がはしゃぐと逆に冷静になります。「今日はほとんどリンパ節郭清のない『取るだけPD』なので時間を稼げて出血量が少なかったのね。おかげで膵空腸からは私にチャンスが来ましたね!」と冷静に分析して、「でも、的確な吸引とか、○○くん(学生の姓)のアシストも随分助けになったわよ!」と学生を立てたりもします。「ぼく、なによりも浅○先生の糸結びの鮮やかさ、素早さ、正確さに感動しました!」、嬉しいことを言ってくれます。外科医にとって、影なる努力はなんと言っても糸結びです。
大学病院の食堂を後にした たかこ と学生は病棟の学生控え室に行きました。そこで、お褒めにあずかった糸結びを学生に教えます。まずは左右の手で糸を「かく」作業、左手で糸を「かいて」固定して右手で「かいて、かいて」して人差し指で糸を押し結び目をキュッと締めます。学生はつぶろな目で たかこ の手技に見惚れます。たかこ はそうした視線を感じつつも偉そうにならないよう、丁寧に親切に教えます。多くの学生にして来たことですが、今回の学生は、たかこ の教えをしかと受け止める、ちょっと違う感触を持っておりました。それも大きな罠だったのでした。